寒い寒い寒い寒い、寒い。


あまりの寒さに、口から出てくるのはその言葉に限定される。
もはや口癖といっても過言ではない、だって寒いのだから仕方が無いのだ。


「寒い!」


勢いよくイスから立ち上がると、思いのほか大きくガタンと音が鳴ったのでティアはようやくルークの方向へと視線を向けた。
今まで読んでいた雑誌から顔を上げると、両手でカイロをさすって仁王立ちしているルークと目が合う。


「・・・仕方ないでしょう、冬なんだから」


「仕方なくても寒いんだから仕方ないだろ!あ゛ー!っとに冬キライ!!」


昼休みの教室はざわついてルークの声も目立たなくていいわ、とティアはひとりごちて制服のポケットに入れていた自分のカイロをルークに手渡した。
ルークは貼るカイロを背中に1つ、おなかに1つ、ポケットに携帯カイロを二枚づつ入れているはずなのだがそれでもまだ寒いらしい。


「ティア、さんきゅー」


嬉々として受け取るとルークはしゃかしゃかとカイロを振りはじめる。
しゃかしゃかしゃか、しゃか。

五限が始まるまでまだ20分近くもあるが、その間づっとルークの『寒い』コールを聞き続けないといけないのかと思うだけでこちらの身まで冷えてくる。
ティアは小さくため息を吐いて、ルークの足元へと視線をやった。
せっかくの可愛らしい制服に、それに似合う顔立ちをして、とにかく可愛いルークなのに、スカートの下にジャージとはいただけない。
シャツの上からも着膨れしないことを考慮に入れて何枚も着込んでいるというのに、なぜそこまで寒がるのかさっぱり理解できない。
自分だって寒いのはもちろん嫌だけれどルークほどではない。
授業中でも絶えずカイロを手放さず、時折ガタガタと震える音が机の振動として伝わるくらい寒いなんてよっぽどの冷え性なんだろうか。
もったいない、せっかくかわいいのに。
口に出すと本人はそんなことないといって笑うから、あまり口にはしないけれど。


「ん、何?」


じぃ、と顔を覗き込んでくるティアに首をかしげて聞く。
美緑青の大きな瞳で小首をかしげるルークは、やっぱりかわいい。


「・・・・なんでもないわ」


「変なティア、あ・・・やっぱカイロ要る?」


「ううん、いいわ。それよりルーク、そんなに寒いなら保健室に行ってくればいいじゃない」


ぽとり、とルークの手からカイロが落ちる。
指先まですっぽりとセーターで覆っているので、途中で引っかかってから机の上に着地。
べしゃりと落ちたカイロを見つめ、ルークは首を振った。



保健室・・・ふかふかの布団、暖房、授業をサボりたいと思っている生徒にとってはまさに天国。
ただしとある理由により使用者はごくごく限られているのだが。


「暖房・・・いや、でもなぁ・・・」


「どうせ彼、貴方のために他の生徒を追い出して待っているだろうから早く行ったほうが良いわ」


サボリ目的の生徒は当然、もしかしたら本当に具合の悪い生徒まで追い出していそうだが。
とはあえて言わず、ティアはルークを促した。
しかしルークはうんうん唸りながら頭を抱えて動こうとしない。


「・・・・絶対休み時間内には帰ってこられないと思うんだよな」


「?ルーク・・・?」


「うーん・・・・どうしよう・・・」


口をもごもごさせての独り言、くるくる変わる表情と見ていて飽きないルークだが何をそんなに真剣に悩んでいるのだか。
あの保健室に立ち入ることのできる数少ない人間なのに、最近のルークは保健室に行くことを自粛しているようだった。
帰宅部のルークは放課後によく寄っていたようだが、最近はその数も減らしたという。
校内では見ても見なかったこと、知っても知らないこととするべきルークと保険医の関係は見ているだけで胸焼けのするものなのだが。
喧嘩でもしたのだろうか・・・それにしては普通の態度をしているようにも思えるが。
ティアも部活が無かったら様子見にいくのだが、生憎コーラス部は全国大会を控えて休みも取れない状態だ。
心配だけれど、こればかりは当人同士の問題かと思って直接ルークに言うことはなかった。


そしてその後十分考え、ルークはすくっと立ち上がってティアに一言告げた。



「六限には間に合うようにするから、とりあえず!」


「え?」



何のことだかさっぱり意味が分からず、頭に疑問符をめいっぱい浮かべるティアをよそにルークはドアをガラ、とあけて保健室へと駆けていく。




「六限って・・・・、まさか自習時間つぶすつもり・・・?」



全く、授業をサボってまで暖をとれとは言っていないのに。
ティアはこの後保健室で行われることなど全く予想すらしておらず、的外れな呟きを漏らした。
『暖をとる』の意味がルークの考えているものとティアのそれとでは、天と地がひっくり返るくらい差があることを誰も知らない。





「もう・・・仕方ないんだから」


ええ、ほんとうに。