疲労していた筈の体なのに、柔らかなベッドに身を沈めても安息はちっとも訪れない。
日が沈んで夜が来ても眠気はかけらも感じられず、気疲ればかりが増している。
白い天井をぼんやりと眺めながら息をついた。
シャワールームから聞こえる水音ばかりに気をとられて、動けない。
何故自分がこんな悶々とした想いを抱えなければならないのか、それが不思議で仕方なかった。
ルークと二人部屋になるのは別に珍しいことではない。
むしろレプリカ研究の第一人者として、ルークの体に何か起こった時迅速に対応するためにルーク以外と相部屋になることは滅多にないと言っても過言ではないくらいだ。
本当に、今更。
ルークとの二人部屋を、嫌だと思う。
今日何度目かのため息を吐き、ベッドから身を起こすとシャワールームへと目をやった。
ベッドサイドのランプ以外は照明を落としてあるため、そこから漏れる光がまっすぐ伸びている。
雨音よりも軽い水の音と共に呑気な鼻歌が聞こえてくるものだから思わず脱力した。
「・・・・・・人の気も知らないで、全く」
わずかに汗ばむ手のひらの感触が気持ち悪くて手袋を床に投げて放った。
気にしているのは自分だけなのかと思うと、その滑稽さにいっそ涙すらでてくる。
宿に泊れば当然のごとく他の仲間が自分をルークと相部屋にしてしまうので、理由も無く部屋を変えろとは言いにくい。
適当な理由をつけるにしても、今度は自分に変わってガイがルークと相部屋になるのは・・・。
結局何も言わぬまま黙って、今日も夜が来る。
それとなく避けているのを、気取られなければいいのだが。
シャワーのコックを閉じる音が響いて、そのすぐ後にシャワールームの戸を開ける音。
ただの音なのに、それにびくりと反応して再びベッドに背を預けた。
今、ルークと会話をしたくなかった。
「ジェイド〜、上がったけど・・・」
そう思ったときに丁度、自分に向かってルークは声をかけてくる。
こういうときばかり、いつも自分の思い通りにはなってくれない。
夜は人の気持ちを沈ませるというが、近頃はらしくもなく沈んでばかりいる気がした。
それも全て、原因は一つなのだから始末に終えない。
どうせロクに水気をふき取りもせずに出てきて、カーペットを湿らせるのだろう。
いっそ説教調で注意してやれば気も休まるだろうか、それで誤魔化せるならこんな苦労はしていないはずだが。
「ジェイド?」
ルークの声が少し近くなる。
目を閉じていても、気配でルークが近づいてくるのが分かる。
寝たふりを決め込んで、彼の呼びかけを無視してしまえばいいだけの話だ。
「・・・寝たのか?」
答えない。
「ジェイドー」
探るような声、と。
ぴちゃり。
落ちる雫。
思わず飛び起きてしまいそうになる。
近づいてくる気配を分かっていたのに、情けないことだ。
寝ている(実質、フリをしている)人間の顔を覗き込んで、あの子供は何をしたいのか。
確かめたいだけなら、せめて呼びかけるだけにとどめて欲しかったのに。
それだけでも十分、十分・・・。
「あ、やべ。垂れた」
ああもうだから、しっかり頭を拭いてから出ろだとか。
子供っぽい仕草の一つもいい加減修正しないと今後の対応に困るだとか。
「起きて・・・ないか、な?」
誰に尋ねているのか、思えばルークは独り言が多いような気がする。
確かめるように、おずおずと。
瞼を閉じても、尚。
その陰が分かる。
明るい闇の向こうで、ちらついている赤色。
「ジェイドも疲れて寝ちゃうって事あるんだな、変なの」
ぎし。
スプリングの軋みが生々しくて嫌だ。
ルークがベッドに腰を落ち着けたのが重みで分かる。
そうでなくても、風呂上りの暖かい空気を纏ったものが傍にあるのは神経を研ぎ澄ませるまでもなく。
その暖かい手のひらが、頬に触れて。
「ありがとう、おやすみ」
追うように、今度は口付けが降りてきた。
自分が冷え切っていたのか、彼が熱かったのか。
こういうことは、普通役どころが逆だろうと。
叫ぶ代わりに腕を掴んで引き寄せた。
「っ、・・・!」
息を呑む音は、どちらのものだっただろう。
情けないところなんてカケラも見せたくなかった。
だから隙間もなく抱きしめて、せめて顔が見えないように。
「貴方という人は本当に何にも分かってない、子供だ子供だと思っていたのにその癖おちおち油断もしていられなくて、人がしたくも無い遠慮をしているときにばかりそれをブチ壊して台無しにして、それが、それがどんなに・・・!」
滑り落ちてくる言葉が自分の発しているものなのかどうか一瞬分かりかねて、そこで一端息を吐いた。
止まる言葉に、ようやく自覚する。
ずっと触れたかった体温、掻き抱いてむちゃくちゃにしたいくらい愛しい。
子供に向けるには汚すぎるほどの欲、罪なほどの白さを塗りつぶす混沌が渦巻く。
「ジェイド」
大事にしたいのに、なぜ。
水滴で冷えたシーツの温度にはっとした。
抱く腕の力をゆるめれば、ルークが身を起こす。
離れていく瞬間に、喉元まで声がでかかって結局生まれずに消えた。
薄闇の中で目が合って身が竦みそうになる。
「俺、ジェイドに好きだっていったよな。ジェイドにも好きだって言われたし」
どっちが先だったっけ?
いたずらっぽい声が、少し震えている。
「分かってないって、何。油断とか、訳わかんない・・・最近二人でいる時はずっとぎこちないし、避けるし。訳わかんない!」
「だから貴方は、子供なんですよ・・・」
「子供、子供って!ジェイドはいつもそればっかりだ!自分ばっか大人ぶって、好きって言ったくせに!」
癇癪を起こしたように、喚いて。
だから子供だと、そう思い込もうとしていた。
潤んだ目をなるべく見ないように。
「嫌いになったなら言えばいいんだ!な、慰めとか、同情なんて・・・いらないのに、嫌なら我慢しなくていいのに」
嫌、慰め、同情。
そんな事、一度だって思ったことはない。
ただひたすら我慢したのは、そんなことじゃなくて。
まだ体に触れている指が、体が、震えている。
自分と同じようにもどかしく、きつく握って行き場を探している手。
「・・・・もう、黙ってください」
その言葉に、はじかれたようにビクリと揺れるルークがこの場所から逃げ出す前に絡め取った。
雫がおちてシャツの肩口は湿っている。
冷たさを感じたが、逆にルークの首筋は熱かった。
「嫌いになんて、頼まれたってなってやりません・・・ルーク」
きしきしと音を立てるベッド、腕を浚ってシーツに縫い付けた。
驚いたようなルークの表情を、私は必死に探っている。
早く拒否してくれ、拒むのなら。
喚いて嫌だといって、抵抗してくれたらこの気持ちも治まるかもしれない。
「好きです、あなたが」
言い切った後に、ああ。
もし今拒まれたら自分はどうなってしまうのだろう。
ルークの言う通りだった、ムダに大人ぶって。
いつもの表情の下にどれだけの激情を隠しているなんて、他の誰も知らないのだ。
知られたくないとさえ、思うのに。
晒された喉元に食いついてそのまま蹂躙したいという欲を、抑えるように口付けた。
抵抗は、無い。
「ぁ、っ・・ん、ぅ・・・!」
鼻にかかったような甘い声と唾液の混ざり合うくちゅくちゅという水音ばかりが響く。
手のひらを握って押さえつけた手、僅かに握り返してくる力に泣きたくなった。
吐く息が熱い。
「ジェイ、ド・・・っあ・・・!」
唇を離すと、銀糸がつたって落ちる。
無理矢理殺された吐息と言葉はどこへ行くのだろう。
息継ぎの間に、ルークの唇がゆっくりと動くのを見た。
微かな音は、身じろぎの音よりも小さい。
自分の呼吸音や心音のほうがよほど大きかっただろう。
それでも、確かに彼は言うのだ。
すき。
ただそれだけの言葉と、頭を抱きこむようにして伸ばされた腕。
首筋をルークの指が撫でた。
自分の好きなように解釈してもいいのか、彼はちゃんと分かった上でこんな事をしているのだろうか。
今の自分にとって、言葉一つ。
動き一つが生命を左右するほどに重要で、下手をしたら今ルークに殺されてしまうのではないかと思う。
余裕が無くて、さぞかし格好悪いことだろう。
血気盛んなガキでもあるまいし。
もたついた手で性急にルークのズボンを引きおろして、既に熱くなっているそれを手で握りこんだ。
「!・・・、あっ、ん・・・」
既に先走りでしとどに濡れているのを確かめながら爪の先でくすぐると、それにあわせてルークが切なそうに声を漏らす。
「ひっ、あ・・・っふ・・・ジェイドっ」
ねだるような声に浮かされる。
触れるところ全てが熱くて、お互いの温度が合わさればそのまま溶けてしまいそうだった。
ルークの口端を伝う唾液を舌で舐め上げると、おずおずと首に巻きつけた腕に力をこめてきた。
先を促すかのような行動に、理性よりも体が動く。
圧し掛かった体は既に押さえの聞く状態ではない。
指を濡らす精液を掬って、ルークの蕾に塗りつける。
「っやぁ・・・!ふぁ・・・っ、や・・・!」
かぶりを振って涙を零すルークを見ても止まらず指をつきたてた。
ルークの先走りがたらたらと零れて滑りやすくなっているそこは思ったよりも抵抗なく指を飲み込んだ。
つぷ、内壁を割りながら擦る。
「やだっ、・・・、こわ・・ぃ」
初めての行為に怯えきっているルークの気を紛らわせるために、蕾に指を差し込んだままもう片方で陰茎を擦った。
引きつったような嬌声は涙混じりだが悦楽に染まっている。
指を増やしても甘い喘ぎは止まらない。
「ルー、ク・・・」
「ぁ、っ・・・ひぅ・・・っ」
一旦手を止めて、埋め込んでいた指をぞろりと引き抜く。
その感覚に耐えかねたようにルークが頭を肩に強く押し付けた。
「っ、すみません。・・・辛かったら肩、噛んでいいですから」
ズボンを寛げて手袋を外しただけ、がっついていると言われても否定できない。
今まで押しとどめていたものが一気に押し寄せてきて、頭の中がルークの事で一杯になった。
謝りながら、ひどい事をしていると自覚しながら。
「あ、あっ・・・、痛っ、やぁ、ひっ・・・!」
「・・・っ、!」
半ば無理やり自身の欲を埋め込んで、あまりのキツさに息が止まりそうになる。
「息、を・・・ゆっくり吐いて・・・、ルーク」
腰をひきつけながら荒く息をついているルークを宥めた。
汗で張り付いた髪がわずらわしい。
シーツの海に散らばって、ルークの赤い髪がたゆたっている。
「ふ、ぁ・・・っ、ぅ」
「そうです、そのまま・・・動きますよ」
「ん、・・・ぅあ!」
はじめは気遣うように、けれどすぐにそんなことすら考えられなくなる。
律動のたびにビクビクと反応を返す柔肉にこちらも煽られながら息をつめる。
肩に走った痛みに、一瞬眉をひそめる。
噛み付かれたのだと分かっても、逆にうれしいくらいだった。
「あ、っやぅ・・・ジェイド、そこ、や・・・!」
「ここ、ですか・・・?」
ルークの声が一際高くなった所を抉るようにして、強く腰を押し付けた。
とたんにしなる背、髪を振り乱してルークが小さな喘ぎを断片的に漏らす。
「ひゃ、ぅ・・・あ、へんっ、なる・・・!」
「私が、そうさせてるんです・・・だからもっと乱れてください」
ルークの頭に口付けて、そっと撫ぜる。
「っあ、あ、あ、あ!」
ぶるり、と震えてルークが精を放つ。
数秒遅れてから、自分も負うように吐精した。
「っ!」
吐く息とは逆に、その余韻ばかりが長く続く。
静かな夜に、ただ荒い息遣いが響いた。
夜がめぐるように、朝も等しくしてめぐる。
それまでの間をいやに長く感じて、余韻を引きずった体と幸福感だけを抱きながら待った。
隣で眠るルークの涙の後を指でぬぐって、それを今度は自分の肩へともってくる。
ズキリと痛む肩を強く押して、夢ではないのだと今更確認した。
傷はきっとすぐに消えてしまうだろう。
襟から手を差し入れて触れれば薄く血の感触がする。
指先に付いたその赤を、舌に含む。
同じようにあと少しだけ消えない傷を彼にもつけたくて、むき出しにされたルークの鎖骨に浅く噛み付いた。
角度を変えながら強弱をつけて吸うと、肌に同じ色が散る。
「ルーク」
この欲は留まるところを知らない。
ただ今は、名前を呼んで、それだけで満たされる。
「ルーク」
隣で感じる体温は、きっともう離せない。