たった一人だけで、ただひたすら必死でいた時間が随分と長かったものだから忘れていた。
久しぶりに誰かのために何かをしてあげたいと思うこと。
機械的な会話ではなく、ただ見返りも無く与えられる言葉。
自分はそれがただ嬉しくて、あのころを思い出した。
あのころ、少女だったネフリーと同じように彼女は日向の下で笑う顔が一瞬だけかぶった。
二人は似ても似つかない容姿だったけれど、それでもどこか似ていたのだ。




夏に咲く、白色の小さな花の名前だった。



その日私は、ようやく彼女の名前を知る。
導師守護役の一人である彼女は、ちゃんと周りを見てみればいつだってその姿を捉えることが出来た。
それまで視界の中の背景と同一化していた彼女の姿が鮮明になってから数日、今まで知らなかったのが不思議なくらいだった。
役職からしても、その存在の強さにしても。
彼女を知らない方がおかしいというくらいに。
いや、存在自体は知っていた。
けれども、彼女を、アニス・タトリンとして知ってはいなかった。
今まで接点などかけらもなかったし、あっても近づこうなどとは思わなかっただろう。

・・・知ってからも、自分から近づけたことはただの一度も無かったが。


遠巻きにただ見ているだけの自分を、彼女はきっと知らないだろう。
同じ導師守護役の女性たちと談笑しながら、子供らしい笑顔を浮かべるアニス。
活発で、聡くて、能力もある子供。
1つの集団の中で煌く存在は、酷く遠かった。
子供特有のふわふわとした髪が、ステンドグラスからの淡い光を受けて光る。綺麗だ。
天使のような、とはいけないが子供はやはり自分とは違う生き物だと知る。
それでなくともきっと、やはり、絶対に、自分から声を掛けられなかっただろうことは明らかだったのだが。
ただ一度、食堂で話しかけられて以来会話など無かった。
それも、自分は殆ど何も言葉を発していない。
コミュニケーションと呼べるほどのものは何一つ無い上に、今日ようやく名前をしった自分には用も無く話しかけられるだけの非常識さは無かった。
ただ彼女と話したいと、なんとなく思っただけだ。



『ねえ、サフィール。言葉にしなくちゃ伝わらないことってあるのよ』



(うん、ネフリー。君はいつもそういって手を引いてくれた、私に対してまっすぐ接してくれた)



『だからね、俯いてばかりいないで背をしっかり伸ばして前を見て。呼べば私はちゃんと返事をしてあげるわ』



(ジェイドは呼んでも返事どころか、反応も全く無くて・・・代わりにネフリーが話し相手になってくれた)



『サフィール、サフィール。聞いてる?泣いたらダメよ?』





泣いてなんかない、あの日も、今も。
あの雪の中で、陽だまりみたいに暖かい笑顔が胸にしみた。
女の子は強い生き物だっていうのは、あの日知ったことだ。





今の季節、ダアトに雪はめったに降らないけれどどうしてか故郷を思い出す。
雪道で手を引いてくれた彼女を、思い出す。
ねえ、ネフリー。寂しさを感じるなんて、本当に久しぶりなんだ。
私は、・・・僕は、どうしたらいいんだろう?



「・・・・、アニス」


ぼんやりと名前を呼ぶと、彼女がこちらを振り返る。







「呼んだ?」






首をかしげて、彼女は一言そういった。
視線が合った瞬間、僕は不覚にも泣きそうになった。