忘れて






「お前は、俺のこと忘れて」

 唐突にルークはそう言った。
 エルドラントをのぞむタタル渓谷の夜は、静かで。
 自分とルークしかいないこの場所は、月の光でセレニアの花が光って見える。

「忘れて」

 もう一度言うと、ルークは身体ごと自分を振り返った。

「俺が消えたら、お前は悲しむだろ?」

 当たり前だと、言いたかった。
 けれど、言葉にできない。

「だけどさ。もう……戻ってこない奴のことなんか、いつまでも抱えてちゃだめだ」

 ルークは笑う。透明なほどに綺麗に。

「お前は……俺のことは忘れればいい」

 なんて残酷なことを無邪気に頼むのだろう。
 この子供は。

「約束、な」

 一方的な約束に。うなずくこともできずに、ただその笑顔を見ているしかできなかった。




 そして、彼は消えた。光になって。
 もう二度と戻らないと。
 戻ってきて欲しいといった言葉に彼は苦笑して「無理言うなよ」と言った。
 それでも、戻ってくると約束をして。


 なんというずるい子供だろう。
 あんな約束さえしなければ。
 相反する約束はどちらの効力も失わせて、自分は中途半端にあがいている。
 忘れられない。
 忘れたく、ない。

『忘れて』

 ああ。
 戻ってくるなどと約束をしなければ。
 その言葉にすがらずに忘れることができたのに。