人の記憶なんて曖昧なものだ。 昨日食べたものでさえ、意識しなければ飛んでしまうほどに。 それでいて、消してしまいたい記憶に限っていつまでも残る。 いつまでも、苛むように。 手にしたグラスを床へ落とす。 吸い込まれるように着地したそれは、弾けて、散った。 ほら、これと同じだ。 どんなに細かく分かれても、傷つける破片となって、残るのだから。 『ジェイドは、俺の事なんか忘れて楽になれよ』 手が動いた、加減などできるはずもない。 何を言い出すのか、何を言い出すのかこの子供は。 「くだらないことを言うのもいい加減になさい。」 「くだらなくない」 「私を馬鹿にしているのですか」 「馬鹿になんかしてない」 床に手をつき、それでもこちらを見据える彼の瞳は強く、澄んで。 「だってそれが一番いい」 揺るぎない。 「ジェイドは大切だから」 どこまでも 「幸せになって欲しい」 どこまでも、突き落とすのか。 「ふざけるな!!」 胸倉を掴み上げる、瞳はまだ逸らされない。 「無茶を、」 ――言わないでください 「ジェイド、ありがとう。ごめん。ありがとな」 何故笑う 何故笑う なぜ わらう 落ちた破片を踏みにじる。砕ける音が酷く不愉快だ。 ほら、貴方が『忘れろ』だなんて言ったりするから。 私の時計は、動かない。 |