いま、あいにいきます







闇に染まった窓の外からはシトシトと雨が降る音が聞こえる。
集中力が途切れ聞こえてきたその音にジェイドは資料から目を離し、見えないその窓の外を眺めた。
雨。オールドラント上の第4音素の循環過程で起こる降水現象。
梅雨のこの時期に雨が降る事など、珍しいことではない。
しかしそんな当たり前の雨でさえ、水が風が大地が…オールドラント全体が彼の消えた世界を嘆き悲しんでいるかのように思える。

『いつか私を殺したい程憎むかもしれません』

自分が彼に言った言葉が蘇る。
あの時のルークは、何の事だか分からないといった面持ちでこちらを眺めていただけだったが…。
結局、彼はどんな感情を持って最期の時を迎えたのだろう。悲しみ絶望怒り嘆き恨み…酷く脆い彼は1人泣いていたのかもしれない。

最後の最後まで自分はあの子供を救う事が出来なかった。
世界が彼を殺したのではない
私が彼を殺したのだ
彼の存在を創り上げたのも、そしてあの子の将来を奪ってしまったのも、紛れもない自分。
自分にもっと…
もっとしっかりとした力と知識が備わっていたのなら
何か出来たかもしれないのに。

何処で間違ってしまったのだろうか。
何処で踏み外してしまったのだろうか。

どこまでも純粋な彼に、自分は汚い物ばかりを見せて苦しめたのだ。
世界の為に死ねと、残酷な言葉をかけてやる事しかできなかった。
どうしたら良かった。
どうすればあの子供を救うことが出来た…!

「ルーク」

その名を何度こうして呼んだだろうか。返事など返ってくる筈がないというのに。
自らの手で顔を覆い隠すようにしてついた溜息は静寂に包まれた部屋の中に響いた。



「ジェイド」

馬鹿げている、そう思い椅子から立ち上がったジェイドの後ろから、声が…
聞き間違える筈のない声が聞こえた。

「…ルー…ク」
「うん。俺だよ」

振り返った先には確かにあの子供が立っていた。
あの時と全く同じ姿の、自分が愛したルークがそこに居た。
幻覚を、見ているのだろうか。彼の幻影を見てしまう程に自分は弱っていたのか。

「在りえない。そんな筈は…」
「俺にも分からないんだ。でも、幻覚なんかじゃないよ。ほら…な?」

ルークの細い腕がスッと伸ばされ、自分の頬へと触れる。
その手は、自分が覚えている彼の体温よりも若干低く感じたが、確かに彼のものであり、彼自身だった。


「本当にルーク…貴方なのか…」
「だから俺だってば、ジェイド」
「…ルーク…!」

その伸ばされた手を取り震える声でもう1度小さく尋ねれば、彼はあの時と変わらない笑顔で微笑む。
ああ、帰って来た。
やっと自分の手の中へ戻ってきた。
流れ出る安堵の気持ちを噛み締めながら、彼の存在を確かめるように強くルークを抱きしめる。

「ただいま」

自分の背中へそっと回されたその手とその穏やかな声に、全てを委ねるようにして
ジェイドはゆっくりと目を閉じた。






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