いま、あいにいきます・2


あの雨の日から3日。
帰ってきたばかりの頃は、体調の事や乖離の事ばかりを心配していたジェイドも3日目には落ち着いたらしく何も言わなくなった。もう大丈夫だと、思ってくれたのかもしれない。
あの頃のように病院へ検査を受けに行く事もせず、俺は1日の殆どをこの部屋で過ごしていた。
何処かへ行く気はなかったし、ジェイドが傍に居てくれるのなら後はもう何でも良かった。

一緒に寝て
一緒に朝を迎えて
食事を作ったり、髪を触ったり
他愛も無い冗談を言って笑いあって
また夜を向かえ朝が来る。

全てが幸せだった。


けれど
もうそんな時間もおしまい…―


「そろそろ雨が止みそうですね」

窓の外の景色を眺めながらジェイドがそう呟いた。
3日間降り続いていた雨は、段々と小降りになり、既に空からは明るく光が見えている部分もある。
このまま行けばあと数十分で雨は上がるかもしれない。

「ん…そうだな」
「雨が止んだら出掛けましょうか」
「……駄目なんだ」
「何がです?具合でも悪いのですか?」
「そうじゃないんだけどさ…」

前髪を掻き揚げ額に手を当てて熱を測ろうとするジェイドの仕草に、目頭が熱くなるのを感じた。
だって
雨が止んだら
雨が止んだその時は…

「俺、もう行かなくちゃ」
「行く…?」
「うん。もう俺はこの世界の人間じゃないから」

あの時自分が死んだ事なんて、最初から分かっていたんだ。
これで自分の役目は全うできたし、やっとゆっくり眠れる。あの時俺は、確かにそう思ったのだから。

「何を…そういう冗談は止めなさい」
「嘘じゃないんだ。本当なんだよ、ジェイド」

俺はもう、此処に居るべき存在じゃないんだ。
その言葉にそれ以上何も言わなくなったジェイドの腕を、俺は両手でギュッと握り締めた。
チラリと窓を見れば、かすかに雨粒が見える。雨はまだ止んでいない。
あと少し
あと少しだけ時間を下さい。
この優しくて不器用な彼に本当の気持ちを伝えるまでの僅かな時間を…

「なら…何故。何故今になって戻るだなんて…」
「俺さ、本当はあのまま眠るはずだったんだ。でもそんな時、声が…ジェイドの声が聞こえた」

俺がジェイドの事を憎んでいるんじゃないかとか、
自分がルークを殺した、とか…
全ての思いが聞こえてしまったんだ。痛くて悲しいジェイドの声が。


「憎んでなんか、ないよ」

「確かに綺麗な物ばっかりじゃなかったけど。でもこの世界にはジェイドが居たから」

1つ1つ、ゆっくりとジェイドの目を見て俺は言った。
涙でジェイドの顔が滲んでしまったけれど、言葉に詰ってしまいそうになったけれど
それでもこれだけは伝えておきたかったから―

「ジェイドに会えたから、俺は幸せ」

「俺を作ってくれたのがジェイドで良かった」

ぼふんと、体重を任せれば、ジェイドは身体を包むように抱きしめてくれた。
ああ、やっぱり優しい。
こんなに優しい人を苦しめたまま逝くなんて出来るわけがない。


「…それを言う為に…戻ってきたのですか?」
「だって、ジェイドが苦しんでるのは見たくなかったから」
「…ルーク…」

もう、大丈夫だよ。
俺は平気だから。幸せだから。
苦しくなんてないからそんなに自分を責めないで。

擦り寄るようにジェイドの体温を感じ、俺は笑ってその赤い瞳を見つめた。

「さよなら、ジェイド ―」

ジェイドの腕の中で言った最期のお別れ
流れた涙の暖かさを俺はきっと忘れない。


雨が 止んだ ―















END