あげない
「あげないよ、ジェイドには何一つ」
その声が、耳を打つ。
いっそ明るすぎるくらいの調子で、ルークは振り向きざまにそういった。
光に透けた髪がちらちらと細やかな輝きを放ち、風に遊んでいる。
「何にも、残さない」
もう一度、まるで確かめるように言ってルークは私へと手を伸ばす。
微笑みながら、けれどそれはまるで死刑宣告のようだった。
その手を受け入れてしまったら、その言葉を肯定してしまうようで怖かった。
私は反射的に飛びのいて、その手を跳ね除けた
ぱしん、小さく乾いた音がした。同時に本の少しの痛み。
心臓が妙に早くて、自分の呼吸音がひどく大きく聞こえた。
「な、にを・・・貴方は、何を言ってるんですか!?」
声がひっくり返りそうなほど、喉が引きつっている。
「ごめんな」
コチラの事情になんてかまいもしない。ただ言葉を続けて、笑って。
「俺、ジェイドが好きだから。だからもういいよ」
いいよ、と。それは許しなのか、それとも諦めなのか。
嫌だ。聞きたくない。そんなものは。
本能的な恐怖に、両手で耳を塞いだ。
おそらく生まれて初めて、恐怖に叫ぶ。
耳をふさいでも音は消えず、自分の声で重ねてもその囁きは確かに耳へと届く。
「ぜんぶ、忘れて」
唇がゆっくりそう動くと、ずるずると地に引き込まれるように座り込んだ。力が、入らない。
ルークの陰がかかって、囁きはかぶさるように余韻を残す。
風の音のようにひゅうひゅうと、聞き取れないような不明瞭で小さい。
「好きだって言ってくれてありがとう、愛してくれてありがとう、傍にいてくれてありがとう、今まで・・・最後まで幸せだったよ」
聞きたくない、そんな言葉は。何一つ自分の耳に入れたくは無い。
「ジェイドにも幸せでいて欲しいから、全部貰ってく」
ルークの手が、触れた。
柔らかな日差しのような温度、それは数度撫でるようにしながら光を零す。
「好きだよ、ジェイド」
さよなら
おちていく。ゆっくりと、ふかく、ふかく。
やがてその映像はノイズがかかったように掻き消えて、ついになにも残らなかった。
チチチ、気の抜けたような鳥の声で目が覚めた。
朝日のまぶしさに眉をしかめ、ごろりと寝返りを打つ。
寝起きの気だるい体は、思考を拒絶する。
何か、夢を見た気がする。
けれど、何も思い出せずに
もう一度、ねむった。