09:笑顔だけで幸せ




塞いでいて元気がない様子なんて、出来る限りみたくはないものだ。
たまに縋るような視線がこちらへと向けられて、それに気づいて振り返るとルークは目をそらす。
だから視線が交わることもない。
捨て犬の目、とでもいおうか。
びくびくと怯えながら、差し伸べられる手を待っている。
腕の動き一つをとっても、その中には多くの感情が取って見られた。

ああそうか、この子供は―――――。


具合が悪いと部屋に戻ったルークを追って、ジェイドは階段を上った。
なだらかなスロープに手を触れながら、厚めの絨毯の上を早足に駆ける。
足音は上手い具合に殺されて、わざわざ気配を完全に消す必要がないので便利といえば便利だろう。
アニス以外は既に割り振られた買出しに出たため、階を上がってしまえば他には誰も居ない。
静寂を帯びた空気は、酷く冷たく感じられた。
先ほどの、ルークほどではないけれど。
ルークに割り振られた部屋の前で止まって、軽くドアを叩いた。
コンコン、とありきたりな音が響くが返事はない。
きっかり10秒間待ってから、ジェイドはドアノブに手をかける。

「ルーク、入りますよ」

言うのと同時に部屋に入って、視線をめぐらせる。
ベッドの上を見れば、布団にくるまってこちらに背を向けているルークがいた。
部屋に入ったのはついさきほどだ。
寝ているはずもない。

「ルーク」

呼んでも答えないだろうことは、なんとなく分かっていた。
けれどルークがそうして欲しがっていることも同じように分かっている。
「ルーク、具合が悪いなら薬を飲んで寝なさい」
衣擦れの音が小さく耳に届いて、布団からルークの頭がほんの少しだけ顔を出す。

「・・・拗ねてるんですか?」
「ちがう」

ほんの少し、含みを混ぜて尋ねると間髪いれずに返答が帰ってくる。
それに満足して、ゆっくりと息を吐いた。
ベッドの横、もう一歩で手の届きそうなところで止まってもう一度呼びかけようと口を開いた。
音になる前に、ルークが布団を跳ね上げて抱きついてきたから、それはかなわなかったけれど。
ジェイドはぐらりと揺らぐルークの体を抱きとめて、背に腕を回した。
かすかに震えている肩に顔を近づけて、泣く子をあやすようにやさしく背を撫でる。

「すねてない、なんでもない」
「なんでもないわけないでしょう、ルークは素直じゃないですね」
「ちがうってば」

頑なに否定し続けるくせに、ルークの腕はジェイドの袖を掴んで離さない。

「ルーク、そういうときはちゃんと口に出さないと伝わらないんですよ」

言った瞬間にルークの肩がビクリと跳ねた。

「お手本があったら、次はちゃんとできますね?」

ジェイドは顔を隠すように胸に押し付けている顔を引き剥がして、今度はルークの顎に手をかけた。
少し潤んだ瞳をまっすぐに見て、ジェイドは笑う。

「好きですよ、ルーク。だから笑ってください」

そんな顔をさせたいわけじゃない、どうせ見るなら笑顔がいい。
あっけに取られたような顔も、照れて真っ赤になった顔を見るのも好きだけど。
やはり見るなら、満面の笑顔でしょう?
ただそれだけで、幸せ。