04:俺以外には笑わないで
呼べば振り返ってくれる位置に居て、手を伸ばして触れられる位置に居て、けど。
俺は名前を呼ぶことも、手を伸ばすこともしなかった。
視線だけを向けて、ジェイドが俺に気づいてくれることを待ってた。
気づいてくれないなら、それでもいい。
気づいて欲しい、気づいて欲しくない。
反発する感情が同時に腹の中で渦巻いて、ちゃんと普通にしていられるか自信がなくなってきた。
視線に気づいて欲しくて、けどこんな醜い感情には気づいて欲しくなかった。
「―――ルーク、聞いてた?買い物の分担なんだけど〜」
ジェイドと話をしていたアニスが顔を上げて、俺のほうへ視線を向けた。
「え、あ・・・」
はっとして頭の中にアニスの言葉を流し込んだけど、とっさに対応できずに口からは曖昧な返事が漏れた。
「ルーク、もしかして具合悪い?」
アニスが顔を覗き込んできて、ちいさく首をかしげた。
手のひらを俺の額に持ってきて、熱はない・・・と呟くアニスの手を危うく振り払いかけて、俺は動きを止める。
引きつったような手の動きを、自分でも醜いと思った。
「あ、ちょっと・・・頭痛いかも」
すべるように口から嘘が飛び出て、俺は逃げ道を作った。
無意識化のうちに、俺はいつもこうして逃げ場所を探してる。
「ルーク」
見通すようなジェイドの目と、視線をあわせたくなかった。
けど、心配そうに名前を呼ばれて不謹慎にも少し嬉しかった。
「具合が悪いなら寝ていなさい、大事な時ですし。こんなところで無理をする必要もありませんからね」
「はわぁ〜!大佐ってば、妙にやさしー!」
ジェイドは、本当はすっごく優しい。
アニスも分かってるかもしれないけど、俺はそれを他の誰かにあまり分かって欲しくない。
きゃらきゃらとはやし立てるアニスの声が耳を通り過ぎていって、またぼんやりと半分思考の海に沈んだ。
「私はいつでも優しいですよ」
にこり、と。笑う。
「えぇ〜、それ何の冗談ですか〜?」
ああ、声が酷く遠い。
我が侭だと分かっているのに、自分勝手な願いなのに。
どんな些細なことでも、嫌なんだ。
些細な会話の合間の笑みすら、他の誰かに向けて欲しくないなんて!なんて傲慢、なんて醜い。
「アニ〜ス?何か言いましたか?」
独り占めしてたい、ずっと。どんな言葉ですら聞き漏らさずに、自分だけのものにしたい。
「何も〜?」
壁越しのように、どこかくぐもって遠い会話。
けれど明瞭な、表情。ぐ、と拳をきつく握って堪えた。
叫びだしたいのをこらえて俯く。
気づかないで、この傲慢な願いに気づかないで。
他の、誰かに、笑いかけないで――――
「ルーク?」
わざと心配させてるって知ったら、あんたはどんな顔をするだろう。