Paradise lost


 



夏だ。
からっからの、夏。
皆暑いといいながら、日陰を探しながら歩く。
今日も暑いね、いつまで続くんだろう。
明日は曇ればいいのに。
そんな言葉を聴きながら、俺は橋の真ん中に立ってすぐ側の海を眺めてた。
暑いね、暑いね。
そういうけれど、俺にはその暑さがちっともわからない。
グランコクマに雪は降らないけれど、冬の寒さもわからないんだ。
季節が巡るたび、まいにち、まいにち、俺は何気なく耳にする言葉に落胆する。
あんなふうに確認するまでもなく、俺は死んでるのに。
あーあー、あー。
なんかいやなきもち。
わかってるのに、ちゃんとわかってるのにそれを改めてひがな毎日耳元でささやかれてるって、いやなかんじだ。
 眠りを必要としなくなった体は無意味なくらいにだるさもなくて、かるい。
やろうと思えば飛べちゃうもんな、そりゃ軽いよ。
『卑屈になるな』、そんなん無理だって。
ふとした拍子に”過去”の幸せがぽろぽろこぼれてきて、空っぽになりそうだ。
紫外線を反射する真白な石畳の端を、一歩、二歩、とんで。

正午、それを告げる鐘がなって俺は駆け出した。

この体は軽く、どこまでも飛べるようでどこへもいけない。
どこへでもいけるけど、どこへもいけない俺はただうつむくことしかできなかった。
風が吹く、夏の熱気を含んだ風だ。
俺には感じることのできない、風だ。
すり抜けて、ただそれだけ。
俺が脇をすり抜けた、まだあどけない瞳の少年の髪を揺らすそれは、俺を通り抜ける。
ゆれない。


あんたが本当に冷たい人だったらよかったな。
何もかも仕事と割り切って(ああ、でもほんの少しくらいは悲しんでほしいかもしれない)、残念だけれど仕方がないとそういえるほど冷たい人だったら。
そんなことを、思う。
あの場所へたどり着くまでのわずかな時間、その間にひとつの思考。
俺には思考する以外の時間のつぶし方があまり存在しないから、延々とそれを繰り返す。


死んでから分かることがあるなんて、知りたくなかった。


いつもの時間、いつもの場所で、あんたは今日も俺の日記を広げて読んでいる。
行きつけの店、人目につかない店の奥はジェイドの特等席になっていた。
早く昼飯食べて、休み時間をもっと有意義に過ごせばいいと思うのに。
まぁ、俺の残したものがほんの少しでもレプリカ研究の役に立つなら、いい。
俺はジェイドが言ったようにもう死んでいて、死体も残らなかった(みたいだから)唯一残った日記をどんな理由であれジェイドが持っていてくれるのはうれしかった。

たどるように、指が。
俺の字をなぞる。
俺はそれを傍らに立ってみていた。
ずるい、のかもしれない。
こうやって、かくれるようにしているのに、誰の目にも触れないように。
なのに、俺はこうして見ている。
四六時中ではないけれど、有り余りすぎる時間をジェイドのそばでひっそりと過ごしている。
ジェイドが一人きりで居るときは、やはりなんだかばつが悪くて離れるけれど。

(少し、やせたな)


ほんの少しの変化にも気づけるくらい俺は毎日見続けているのに、その視線が返されることは一度もない。
返してほしいと、まだ思い続けてる。
きれいな物語みたいに”もう忘れて”なんて口に出すのはおろか、思うのだって無理だ。


今日も、空は嫌味なくらい晴れていて風も穏やか。
もしも感覚が、風を感じられるだけの感覚があったなら、この身にふきぬける気持ちよさをいやというほど味わえただろうに。
きれいな世界、俺が守った世界だとそんな自己満足を言ってよいものか。

後悔はしてない。
けど、実は未練たらたらなんだってあんたが知ったら叱ってくれるだろうか?