ふかふかのベッド、おいしいごはん、優しいメイドさんたち。
けど、そのなかのどれも自分の大切なご主人様を明るくはさせてくれなかった。
もちろん、自分を含めて。
「つまんねー」
おうちに帰ってきてから、ご主人様のこの言葉は耳がもげるくらいききました。
しゅんとしょげた顔も、元気のない声も、いくら時間が過ぎてもそのままです。
旅をしてるときは『家に帰りたい』って何度も言ってましたのに、今のご主人様はちっとも嬉しそうじゃありません。
日当たりのいい、ぽかぽかするお部屋でぼーっとして、朝が来て、夜が来るのを待ちます。
たまに、夜中にふとおきだしてフラフラと廊下を歩き回ることもありました。
ガイさんの部屋の前まで来て、寝間着の袖をぎゅって握り締めてしばらくそこに立っているんです。
ご主人様は、あんまり言いませんですけど。
きっと、皆さんと会いたいんだと思います。
寂しくて、でも僕がいるからあんまり弱音も吐けなくて、どうしようもなくて。
前よりも小さく見える背中を、なぐさめてあげられたらよかった。
僕は上手ななぐさめかたを知らなくて、いつもご主人様を怒らせてばかりなのです。
最近はあんまり寝ていなくて、伸びた前髪でも隈が隠せないくらい。
僕は、なにもできない。
眠れないときは、羊を数えたらいい。
いつだったか、ジェイドさんがご主人様にそういっているのを聞いたことがありました。
ご主人様は今、羊を数えているのでしょうか。
ベッドに入ってもなかなか眠れないご主人様は、そう教えてくれたジェイドさんを思い出しながら羊を数えているのでしょうか。
ティアさんや、ガイさんや、アニスさんや、ジェイドさんや、イオンさんや、ナタリアさんを思い出しているでしょうか。
会えないのがつらいって、思って苦しんでいるのでしょうか。
僕がいるから、泣くに泣けないご主人様。
情けないなんて、思わなくていいのに。
眠りながら、悩んで、泣いて、後悔することなんて何にも無いのに。
僕が居場所を作ってあげられたらよかった。
あの人のように、ご主人様を抱きしめてあげることもできないし、厳しく叱ることも、甘やかすなんて僕にはとてもできないけど。
僕にできることって、なんだろう。
いつもみたいにしてること、何にも知らないって顔をすること。
安心して眠れるように、そっと羊を数えること。