赤と橙の、明るい夕焼け色が目の前でゆらゆらと陽炎のようにゆれている。
思わず手を伸ばしたが、その前に気づいたルークはあわてて避けた。
「な、なに・・・?」
なんとなく、の緩慢な動きであったからルークによけられたことも特に気にすることでもない。
けれど怯えた小動物のような反応が思いのほかツボに入った。
まだビクビクしながらこちらの様子を伺っているルークを観察しながらも、これはからかうところだ、いじり倒すべきところだ。
と、こういった種類の信号が頭のどこかから発信されている。
私に背を向け、ベッドの上で剣の手入れをしていたルークはその手を止め、いまや私とにらめっこ状態だ。
すっかり警戒モードにはいったルークはますます怯える小動物にしか見えない。
そんな様子も私のこの先の行動を誘発する原因にしかなりえないということを、そろそろ彼も学んだほうがいいと思うのだが。
「いえ、その髪ひよこみたいで可愛いらしいなーと思いましてね」
選ぶ言葉は慎重に。
わざと相手を煽る言葉を選ぶこと。
なんといっても単純だから、簡単に乗ってくれる。
「ひよっ・・・・、ひよこ!?」
当人はそんなことを言われるとはカケラも思わなかったらしく、予想通り動揺している。
「ええ、ひよこ。・・・なかなかイイ表現だと思うのですが」
腰まであった彼の髪は今ずいぶんと短くなってしまっている。
後ろ髪はルークが動くたびに、ひょこひょこと揺れてまるでひよこのようだった。
髪を切ってから幼く見える顔もあいまって、その動きはずいぶんとほほえましい。
自分で口にしてから思ったが『ひよこ』という表現はとても適切ではないだろうか。
怒りのせいか、はたまたもっと別のもののせいなのかルークは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
わたわたとせわしなく表情を、動きを変えながら何かを言おうとするルークは欲目に見なくても可愛らしい。
ガイあたりなら周囲の人間に見せないために隔離しかねない勢いだった。
それ以前にガイには絶対に見せたくないものだが。
そのドサクサにまぎれて、先ほどは触れられなかったルークの髪に触れた。
頭の上に軽く手を乗せても、抵抗はない。
というよりも、状況が理解できないといったほうが近いだろう。
予想よりも柔らかくて猫の毛のような髪をくしゃくしゃとかき混ぜると、何秒間かの間があった。
ピタリと動きを止めたルークの顔を上から覗き込むと、ほぼ同時にすごい勢いでルークは後退した。
真新しいシーツを巻き込みながら後退すると、当然後ろにあるのは壁なわけで、お約束のごとくルークは壁にぶつかった。
ドン、と妙に重い音がしたかと思えば、今度はその反動で頭をしたたかに打ち付けていた。
「ぃっ・・・だっ・・・・!!」
戦闘でのダメージに比べたら蚊に刺されたほども感じないだろうが、地味に痛いものは痛いらしい。
小さくうめき声を上げながら頭に手を当てて丸まったルークを見ると、昔の傲慢で我侭な彼はどこへ行ったのかと過去を振り返ってしまう。
世間知らずで天然なのは相変わらずで、良いほうに変われたのは非常に幸運だったといえよう。
少なくとも自分にとっては。
「はいはい、痛いですねー。でも隣の部屋の迷惑になりますから大声だしちゃだめですからね」
「ぅ・・・っ、さい!元はといえばお前のせいだろうが!」
あらかじめ行く道を隔てたため、抑え気味に怒鳴るルークの目はかすかに潤んでいた。
右手で後頭部を抑えたままキッ、と私を睨みつけたが涙目のせいで迫力は皆無だ。
逆に、こちらの満足する結果を叩きだすだけ。
「すみません、少しからかいすぎましたね」
あやすように言って頭をなでると、今度は逃げずにおとなしくしていた。
拗ねたように俯いてこちらを見ないように必死だが、シーツをきつく握った右手がかまってほしいのだとこちらに訴えかけている。
ご機嫌取りをしてやるつもりもないが、可愛がらないつもりもない。
「ルーク、小さい子供みたいにムクれるのはおやめなさい」
子供みたいに、というのは実質生まれて7年しかたっていないルークには禁句と知ってあえて使う表現だ。
絶対に怒るから、反応は必ず返ってくる。
「子ども扱いするな、バカ」
ほら。
実際子供なんだから、別にいいじゃないですかという言葉をあえて飲み込んだ。
最近はイジメてばかりだったから、そろそろ甘やかす時期だろう。
飴と鞭との使い分けが大事、とか考えてみたり。
シーツを握っていた右手を無理やり開かせて、指を滑り込ませた。
片足をベッドにのせると、重みで体が沈む。
腕を強く引き寄せてから押せば、ルークを押し倒す形になる。
抵抗はない、彼自身がそうしてほしいと思っているからだ。
最終的にはちゃんと自分から言えるように躾けなければならないなと、頭の隅で予定を立てたのは自分以外には秘密。
純真で真っ白な子供に、イケナイ事を教え込んでいるという自覚はもちろんある。
そういう風に誘導したのは自分だ。
今みたいにたまに甘やかしてやれば、ルークは自分からくっつきたがった。
非常に不本意ではあるが、ガイが小さいころから散々あまやかしてきた成果らしい。
いっそこの際有効に利用させていただこうと、開き直りもしたものだ。
ガイは自分が大事に大事に育ててきたひよこが喰われているとは夢にも思わないだろう。
真っ赤な顔で、潤んだ目で見上げてくるルークの髪にそっと口付けて、いただきますと心の中でつぶやいた。
甘やかしすぎると自分を忘れそうで、どうにもいけない。