「眠れませんか、ガイ」


もうとっくに眠ったと思っていたイオンが声をかけてきて、オレは少しだけ戸惑った。
意識が一方向に傾いていると、やはり注意散漫ということになるのだろうか。

「あ、ああ・・・ごめん。もう寝るよ、悪いな起こしちまっったみたいで」

「いえ・・・いいんです。僕もさっきから気になって」


隣が。
暗にそういって、イオンは笑ったようだった。
隣から聞こえてくる小さな言い争いの声と、ルークの怒鳴り声。
何を言っているのかを明確に捕らえることはできないが、想像はつく。
その詳しい内容が気になって、仕方ない。
明日も早いのに、眠れない。
困ったもんだと苦笑して、イオンも全くですと頷いた。


「ジェイドばかりずるいです・・・僕だってたまにはルークと同じ部屋がいいのに」


めったに不満を漏らさないイオンがこぼしたのは、小さすぎる願いだった。
まだ年若いこの少年の立場から、同年代の子供との交流があったとはとても思えない。
ごく普通の子供らしく、くだらない話しをして、笑って、最近はそういったことができるせいかイオンは嬉しそうにしていた。
その決して多くはすごせない時間を楽しみにしていたのに、ジェイドに取られてしまってくやしいのだろう。
しかし、この状況下の中狙われているのはルークとイオンなのだ。
その二人を同室にするわけにもいかず、しかたなくこの部屋割りとなった。
オレとしても、少々の不満はもちろん残る。
どちらかを守るならオレがルークと同室でも問題はないはずだが・・・ルークの怪我を心配するあまり過保護になりすぎてルークが同室を拒んだのだから仕方ない。
小うるさく言われるならジェイドの方がましだと思われたのが非常に癪にさわる。

結局は、イオンと同じように考えている自分がいた。
イオンと違って『たまには』ではないけれど。


「・・・旦那も最近ルークばっかりいじってるしな」


「僕だってルークをからかって遊びたいです」


・・・なんか今変な言葉が聞こえたような。
ガバリと状態を起こしてイオンの方に目を向けたが、オレに背を向ける形で眠っているので表情は伺えない。
すねている子供の口調と声で、なにか怖いことが聞こえたが幻聴だろうか。


「それに・・・ルークがいっつもジェイドをかばって怪我するの、心配ですし・・・」

「・・・・・・ああ」

今日も、そうだった。




前線でアニスと敵を蹴散らしていたルークは、上空からの敵の攻撃を見過ごしていた。
二人の手前で援護していたティアも。
合間を縫ってすりぬけていった二体のモンスターは一直線に後方のジェイドへと突進していく。
詠唱中だったジェイドは気づいて、けれどそれをやめない。
2,3撃なら受けても死にはしないと考えたのだろう。
はっきり通る声が、響く。
発動の先は、眼前の敵ではない。

最前線の、ルークの目の前にいる敵だ。
炎に焼かれ、敵が撃破されてからようやくメンバーは後方に残る敵に気づく。


『ジェイド!!!』



もう間に合わないと思った。
死ぬほどの怪我でなくとも、ダメージは負う。
血が流れる。
ルークの頭の中には、何が浮かんだだろう。
守りきれなかった、たくさんの命だろうか。

きっと、もう誰も傷つけたくはないのだ。

ルークは跳躍して、剣と腕に敵の攻撃を受けた。
流し切れなかった攻撃は腕を傷つけたが、あのままジェイドが受けていただろうダメージには遠く及ばない。
受身をとりながら、地に伏したルークを見てジェイドの動きが一瞬止まった。
それを感じさせないほど、早く。
ティアとアニスが二人に駆け寄るよりも早く、光を纏った槍が敵を穿った。







戦闘が終わって、オレはルークに後生だから戦闘で無茶してくれるなと頼み込んだ。
もう半泣きの勢いで。
軽い言い訳か、それとも痛みを訴えるかと思えば、ルークが開口一番に言ったのは『よかった』、の一言だった。
無事でよかったと、笑いながら言った。
オレはたまらなくなって、ルークの頭を軽く小突いた。



「確かに、心配だ」


このごろ、ルークはジェイドのそばにいることが多くなった。
ジェイドと話すことが多くなった。
ジェイドに視線を向けることが多くなった。
自分に向けられていた笑顔が、ジェイドにも向けられるようになった。


イオンのように、ずるいといえればよかった。



「心配だ」