ヒカリの記憶
髪を宙に遊ばせる春の風は、あくまでも緩やかで、そして暖かいのだけれど。 その風が、花弁を散らす。 様の、なんと儚いことだろう。 抵抗など知らず、ただ美しく儚くなる様になぜだか胸が痛くなった。 もう幾度も感じているこの痛みは、物理的なものでない、かといって自分の感傷でもない。 はためく自分の髪の色は、肉を裂いてあふるる血の色にひどく似て。 真白の花に埋め尽くされる渓谷の、もう一つの情景とも重なった。 谷の荒々しい岩の削れた肌に吹きすさぶそれは、こんなにも優しいのに、なのに。 耳に聞こえるのは、まるで悲鳴のような、音だった。 「そんなはずが、ない」 つぶやいた声は確かに自分のものなのに、まったく馴染まない。 何もかもが不自然で、それがどうおかしいのかさえも上手く口にすることが出来ない、不安。 今すぐ叫びだしてしまいたいほどの激情が胸にあるのに、『何か』がそれを押しとどめる。 咽元に、熱い空気の塊を押し込められている。そんな感覚だった。 汗で髪がはりついて、きもちがわるい。 呼吸を整えるために目を閉じ、深く息を吸って、吐き出す。 一連の動作は、ほんの僅かの時間でしかない。 その僅かな時間の後、目を開けて。 音素の渦巻く、崖下を見やる。 地に落ちた栄光の地、エルドラント。 瓦礫のエデンを、ただ。 本当に、それだけなのだ。 あらゆる過去の骸を、今、この目に、焼き付けて。 「そんな、はずは…」 眼球が、あつい。 じんじんと熱を持って、閉じているはずのそれが映像を映し出す。 鮮やかな夕焼け、広がる、橙色。 俺はその中央に立っている。 なんども瞼をしばたいて、まるで涙をこらえるように、そして忘れないようにその景色を見つめていた。 靴音と、息を噛むような押し殺した声。 こちらに背を向けて、遠ざかっていく、人影。 ”さよなら” 音に出さずに、唇だけでそう呟いた。 すると、一度、誰かがこちらを振り返る。 交錯したのは、夕日の赤か、それとも。 確かめる間もなく”俺”は剣をつきたてた。 命そのもの、全ての本流、音素があたりを取り巻く。 ”悲しくは無かった、ただ寂しいと思っただけ” 光に向かって、そう、一言だけ呟いて。 それは、とぎれた。 「笑っちまうだろ、救いようもない」
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