空腹時、腹の奥に溜まったあの息苦しさをめいっぱい詰め込んだような空だった。
ごろごろと音を立てて遠くから近づいてくる稲妻は、既に夜色を含んだくもの合間から時折光を放つ。
すき間もなくぴっちりと閉められた窓には大粒の雨が叩きつけられ、吹き荒れる風とともにせわしなく音を立てていた。


「もう、この分では宿に戻るのも危険ですね」


ジェイドがため息混じりに言って、握っていたペンをくるくると回した。


「うん・・・どうしよう」


ソファに身を沈めていたルークは眺めていた窓から視線を外し、ジェイドに問いかける。
旅先にグランコクマに寄り、軍部に用があるからとジェイドについてきたルークは何をするでもなく二人で居る空気のなかに溶け込みながら長くまどろんでいたのだが、カリカリと規則正しく静かな音を聞くたびにあっという間に時間は過ぎていった。知覚する感覚の端で、窓からうつる天気をぼんやりと見ていたが、まさかここまで悪くなるとは。厚めの壁越しにも聞こえる、雨音。

「まあ、こんな時間まで残っていた私たちも悪いんですけどね」
「え、もうそんな遅い時間?」

暗い空は長い間色を変えることもなく、夜が来ても分からないほどだ。ルークはまだ少し重たい目を手で擦って、壁にかかっている時計をじぃと見つめた。

「もう夜勤の兵以外残っていない時間ですよ。ティア達には一応遅くなると伝えてありますし、そう心配もしていないでしょうが」

デスクの上に溜まった書類も終え、いざ帰ろうと思ってもこの嵐の中外を歩こうという気はとても起きない。
ジェイドはソファに歩み寄り、まだ心なしか寝ぼけ眼なルークの髪を撫ぜた。
すこしはねている前髪をひとさし指に絡めて、なでつける。


「ん・・・どうするんだよ、帰れないし」


されるがままにしているルークの目が、ジェイドの指先を捕らえる。手袋に覆われていても、長くしなやかなのが分かる。


「どうしましょうねぇ・・・」


くすくすと笑いながら、猫の子を愛しむようにやさしくルークに触うジェイドに困った様子はない。
むしろ楽しげで、ルークはむっとしてジェイドの腕を掴んだ。
ぐ、と手袋を力任せに引き抜いてその指先にじかに触れた。
一度繋いでから、ルークはその手を自分の頭へと持ってくる。
頭を撫ぜてくれるのは気持ちいし嬉しいけど、手袋越しではなく、もっと温かな感触で触れたかった。
言葉にしなくても、ルークの子供っぽい我侭はすぐにジェイドへと伝わる。
片手で引き寄せられて、ルークはなかばジェイドの膝の上に乗るような体勢になった。
甘えるようにルークは腕を伸ばして、その手をジェイドの首に巻きつける。
ぎゅう、と抱き合って細いのに広い大人の肩にルークは顔をうずめた。

「仕方がないですから、今日は軍部に泊まりましょうか。仮眠室にベッドもありますし」

時間がたっても、勢いの弱まらない雨音を聞きながらそう言った。
どうせ既に二人ともそのつもりだったけれど、言葉に出すのがむずがゆい。


「仮眠室じゃなくて、ここでいいよ」


狭くはないが、ベッドもない部屋だ。ソファはあまり寝心地がいいとはいえない。それでも。


「・・・ここがいい」
「貴方がいいなら、私はどこでもかまいませんよ」
「うん、ここ・・・ジェイドの匂いがして、好きだから。ここがいい」


すぅ、息を吸い込んでしがみつく。きし、音を立てて二人は沈み込む。狭苦しい場所で感じるお互いの体温は、普段よりも熱い気がした。

ごろごろ、腹の鳴る音みたいな雷鳴。
なぜか心が躍って、光の合間に口付けた。