どうせ嘘をつくのなら、もっと上手に出来ないのかと思う。
できないのだろう、分かってはいたつもりだがそう思わずにはいられなかった。

彼の下手すぎる嘘は、すくなからず誰かの心を痛めるための材料となるだろう。
見ている方がつらくなるほどに、彼は自分を虐げる嘘を好んで使った。
昔の彼と今の彼、意識せずともその違いが目に付く。
少なくとも昔の彼は、苦笑しながらのごまかし笑いなんてしなかった。
見るたびに苛立つ、あの笑い方が嫌いだ。




「別に、平気だよ」

ほんとだよ、と弱々しく手を振ったルークはどう見ても平気そうに見えなかった。
ベッドに腰掛けているルークを自然と見下げる形になっている私は思わずため息をつく。


「貴方の平気は信用できないんですよ、ルーク」


レプリカ研究所でヴァンの手がかりを念のために探しておこうというルークの提案もあり、今日はほぼ一日中をベルケンドで過ごした。
しかし手がかりとなりそうなものは無く、自分の研究に夢中の研究員から話を聞くのも骨が折れた。
ただ無駄に時間を過ごしただけ、というと聞こえが悪いかもしれないがそんなようなものだった。
特有の空気が張り詰めるあの建物は、自分にとっては慣れたようなものだが他のメンバーは違った。
才能のあるものは変わり者が多く、特にあのような閉鎖空間に閉じこもって研究に打ち込んでいるものとの会話には労力を要す。
日も暮れる時間になってようやく宿に着いたときは皆生き生きとしていたほどだ。
ルークを除けば、の話だが。


「別に今日は怪我とかしてないし」


「それは分かってますよ、ずっと一緒にいたんですから」


上の空で同じ本を何度も手にとってはパラパラめくっているルークなど、ガイに目撃されようものなら数日は医務室に強制監禁されるだろうことは目に見えている。
それらをかわしながら、なんとかこの時間までこぎつけたのは他でもない自分だ。


「だったら別に・・・・」


「ルーク、貴方この街が嫌いでしょう」


はぐらかそうとするルークの言葉をさえぎって、言った。
ルークの拳がゆら、と揺れて眉が一瞬寄ったのは見逃さない。
隠し事も、嘘も苦手。
だったらもう、いっそしなければ良いのにと思う。


「この街、というよりは研究所が・・・ですね」


『レプリカ』研究所。
その名前は、生きる意味を模索するルークに傷しか与えない。
紛れも無い『人』である『レプリカ』
けれど研究員たちはまるで夕食の献立の話でもするように何気なく、レプリカ実験の話を淡々と語る。
ああ、どうにも上手くいかない。失敗作、廃棄。
そんな言葉が、洩れることもあった。
ルークにとって、ここが明るい場所であるはずがない。
それはフォミクリーを生み出した自分が一番よく分かっていた。


「それは・・・・」


『嫌だ』、ということになぜ躊躇いを感じるのかが理解できなかった。
ここのところの自虐癖も、彼の行動が理解できない。
嫌だと思う場所に、なぜ彼は自ら進んで来ようというのか。
無意識にヴァンの影を追ってしまっているのかと思ってみても、聞かない限り本当のことは分からない。


「具合も悪そうですし、私は貴方がここに来ることにあまり賛成できません」


ルークの髪に指を絡ませて、緩く梳いた。
慰めのつもり、というには曖昧すぎる触れ方だ。
それでも、自分はこれ以上踏み込めない。
大人しく身を任せているだけのルークは、何も言わない。
まさか泣いてはいないだろうと、顔を覗き込めば無く寸前の表情でこちらを見ていた。
意地っ張り、そう言ってやればよかった。
皆の前でしているように、嫌味たらしく説教でもしてやればよかった。
でも、出来なかった。
こんなに近い距離で話をしていても、まるで遠くにいるように感じる。
距離が、測れない。
どうしたらいいのか分からないなんて、子供の理由だ。
こうやって、後悔すべきことはどんどん増えていく。


「ルーク」



名前を呼んだのは返事が無かったからではなく、まして心配だったからでもない。
諌めるつもりも無ければ、慰めのつもりでもない。
どうしたらいいか、分からなかった。
開いた隙間を埋めるように、何度も何度も名前を呼んだ。
すると私の服の袖を掴んで、ようやくルークは顔を上げた。



「へーき、ってことにしといて」



目が合って、彼は私の大嫌いな笑い方をした。


ああ、いつもこうだ。
もっと上手に嘘をついて欲しいのに、彼はその密やかな願いを聞いてはくれない。
返事も出来なくて、私は黙ってルークの唇に指で触れた。






「もう、黙りなさい」



しばらくしてその言葉が自分の口から出てきたとき、自分がどうしようもなく傷ついていることに気づいた。
彼の嘘に、傷ついていることに気づいた。













『好き』の一言も言えないくせに、先に進む勇気も無いくせに、ただ痛かった