少なくとも、夜泣きをする子供の世話なんてごめんだ・・・と思えるほどの思考しかなかったはずだった。

自分は軍人で、彼は民間人・・・しかも生粋の箱入り貴族となれば立場ももちろん違うのは理解できている。
自分にとっては人ひとり殺すくらい仕方ないと割り切れても、一般人にとってはそうでないだろう。
無駄に高貴なプライドが弱音を吐くのを拒んでいるのが分かったから、ずっと知らない振りをしていた。
慰めてやるほど優しくはないし、そうしようとも思わなかった。

時折思い出したようにこわい、いやだと悪夢に魘されて泣く子供を慰めたことはただの一夜だって無かった。


初めて人を殺したあの日も、アクゼリュスを崩落させて償えないほどの罪を背負ってからも。
変わるのだと、決意してからルークは確かに変わっていった。
けれど、まるで癖のようにルークは悪夢に魘されては泣いた。
毎日ではなくとも、罪の意識に苛まれて、泣いた。
頻度にしてみたら、それほど多くも無いだろう。
ただ、声を殺して涙を流す姿が鮮烈に瞼に焼き付いて離れなかった。
窓から差す月光の明かりが、隠れていたそれを映し出したときは目が離せなかった。
手の甲を口に押し当てて、悲鳴を殺す。
無意識の内の行為だろうに、それすらいっそ哀れだ。
指をきつく握った手のひらには爪が食い込んで幾つも傷ができている。
ケテルブルクで話してからは、いくらか収まったと思っていたのも気のせいだったのか。
普段手袋に隠されている手のひらは、細やかな傷がたくさん散っていた。
目を覚ましてしまう、いつものように。
気づかない振りをしていなければいけないのに。
自分は臆病だ、そう言ったルークを傷つけることになる。


「ぅ・・っ、・・め・・ん、なさい・・・」


ごめんなさい、誰かに向けてルークが呟く言葉は自分のほうが口にすべき言葉だ。
自分で作った壁を、今になって崩そうとしている自分勝手な欲望をルークは知らないだろう。


本当に今更だ、泣いてほしくないと思うだなんて。
泣き顔を見るのがイヤだと思うようになったのはいつからだろう。
厭う気持ちでなく、ただ純粋に泣いてほしくないと思った。


「ルーク」

名前を呼んだのには意識的な、明確な意味がきちんとあった。
ただなんとなく呼んだわけでなく、目を覚ましてほしかった。


頬を濡らす涙を舐めとったのも、それを促すためか、それともゆるやかな衝動だったのだろうか。
人の体がこんなに温かなものだと、久々に知る。




理由付け、言い訳をせずに冷静に自分を分析したとしよう。
恋とか、愛とか、そんなわずらわしいものを抜きにして。
残るのは、ただの人間が持つ原始的な欲求だけだ。
同情でも、哀れみでもない、自分はルークを欲していた。
ただ、それだけだ。

自覚した瞬間に襲い来るのは、黒々と渦を巻く穢れた欲。
汚れた腕を嘆いて見る夢を、別の悪夢に塗り替えてやろうか。


「泣かないでくださいよ・・・・お願いですから」


懇願の言葉は、思ったよりもあっさりと零れ落ちた。
聞いていないのが分かっていたからかもしれない。
ルークにかぶさるようにのしかかると、安物のベッドは二人分の体重を受けて高い音を立ててきしんだ。
手のひらにこれ以上傷をつけないようにと、自分の手をルークのそれに重ね合わせてもルークは目を覚まさない。
まだ緩まない腕の力を、無理やり上から押さえつけるとルークが身じろいだ。


「ルーク、・・・ルーク」


「ぅ・・・、っ・・・・」


あやすように髪に唇を落とすと、ゆっくりとルークの目が開く。
震えていた体も、すこし緊張が和らいだようだった。


「ジェイド・・・?」


目のふちが赤らんで、まだ視界もはっきりしないだろうルークはそれでもまっすぐ私を見た。
寝顔も泣き顔も、幼い子供の表情そのもので僅かながら罪悪感がこみ上げる。
彼が生まれてからまだ七年、要するに七歳。
肉体的にはそうでなくても、十分に犯罪だ。
そんな些細なことでは、もう今更止めることもできなかったが。
何が何だか分からない、といった様子のルークは無防備すぎた。


「慰めてさしあげようかと、思いましてね」


嘘だ。

ただ、自分のための癖に。
それでも言葉にすれば幾分か気持ちが楽になれた。


「忘れろとは言いたくありません、それは貴方次第ですから」


「な、に・・・ジェイ・・っ」


名前を呼ばれるのがイヤで、それ以上は口で塞いだ。
口と口を合わせるだけのキスすらしたことがなさそうなルークは、やはり大きく目を見開いて抵抗した。
相手が自分だということにだろうか、突然こんなことをしたからについてだろうか。
講義の声も、くぐもってやがて消えた。
舌を滑り込ませて、わざとくちゅくちゅと音を立てながら嬲った。
暗くてよく見えない表情が、驚き以外のものに変わるまでじっくりと。


「ん、ん・・・っ、あふ・・・っあ・・・!」


うまく息継ぎもできないのだろう、口の端から唾液が零れ落ちた。
僅かな抵抗を左手で制し、右手はルークの髪に滑り込ませて頭を抱き寄せた。
角度を変えて、なんども口付けていく内にルークの涙は止まっていた。
唇を離せば、唾液が糸を引いてたらりと滑る。

自分を責めるのでなく、自分を恨むことに心を尽くしたらいい。
余計なことなど何もかも、自分への憎悪へと換えてしまえばいい。
恨まれて当然のことを、してきた。
恨んでもかまわないと以前ルークに言ったときは、こんなことになるとは予想もしなかったが。

一つ一つルークの服のボタンを外していくと、あらわになる肌が外気の寒さに震えた。
ルークの顔を見ることができなかった、怖かったのだろう。


「なんで・・・っ、やだ・・・やっ!」


「・・・・あまり大きな声を出すと隣に気づかれますよ」


声がまた潤んできたのが分かる、けれど止めようという気は微塵も無かった。
上着も下穿きも脱がせて、もう服は僅かにひっかかっている程度だ。
露出された性器を指でゆっくりと扱き上げる。


「ひぅ・・・っやあ、なんで、そんなとこ・・・あっ」


弓なりにしなるルークの背中は小刻みにピクリと揺れた。
ルークはいやいやと首を左右に振って、ろくに力の入らない腕で私の髪をつかんだ。
若い性器はあっという間にそそり立って蜜を零す。
指で触れるたびに悲鳴がルークの口から漏れるのを、自分はどんな気持ちで聞いていたのだろう。
泣いてほしくないと思っているのに、自分が泣かせている。
自分がルークを傷つけているのに、自分が傷ついているかのように心が痛んだ。


「やだ、やっ・・だよ・・ぅ、っぁ・・っく・・・」


ルークの口からは決して甘くは無い、涙まじりの拒絶の言葉しか出てこなかった。


「ッん、・・・・や・・・・」


「黙って、大人しくしていればいいんですよ・・・・そうすればヨくしてあげます」


「な、に・・・や、だよぅ・・・何か、あ、・・っふ・・・」


これ以上聞いているのが嫌で、もう一度キスをした。
それでも喉の奥でくぐもった声がやむことは無い。

深く口付けながら指で性器を弄れば、ルークはあっけなく達した。


「!、あ、あ、ぁ・・・っ!」











+ + + + + +









まだ荒いルークの息遣いだけが部屋に響いていた。
ショックで声も出ないのか、涙だけがぼろぼろ零れて頬を伝っていた。
こんなことをしてやる資格は無いかもしれないが、そんなルークを抱き寄せてそっと頭を撫でた。
もっと酷い事をしようと考えている人間に、ルークは大人しく抱き寄せられている。
ただ現状が把握できないだけかも知れないが。
耳元を小さな呟きが掠めるのがわかって、僅かに身を離した。
罵倒でもなんでも、受け止めるつもりだった。
俯いて表情の見えないルークを、窺った。
何度か口元がわなないて、ひきつったような声が飛び出す。
そうして言葉をつむごうとするルークを、待った。



「・・・っ、ともなぃ・・・・」


言葉を、捕らえきれなくて一瞬戸惑った。


「・・・ルー、ク?」


「も、やだ・・・十七にも、なって・・・こんな・・・みっともない」


みっともない?
十七にもなって?
何のことだ。


「ちょ、・・・っと待ちなさい。ルーク・・・」


「っるさい・・・、たしかに・・・俺七年しか生きてないかもしれないけど、それにしたって」


だんだんと子供の泣き方になってきたルークは、終いには私の髪をつかんでわんわんと泣き出した。
こちらはといえば、呆けてしまってすがり付いてくるルークの背に手を回していいものかと悩んだ。


「ひぐっ、、・・ぅ・・・えっ、・・っ」


まさかとは思う、が。


「ルーク・・・・貴方、射精って知ってます?」


尋ねれば、ルークはぶんぶんと頭を横に振った。
子供子供と言って憚らなかったし、実際そうだと思ってもいたがまさかココまでとは予想もしなかった。
この調子だともしかしなくても子供がどうやって作られるのかも知らないかもしれない。
仮にも将来世継ぎを生まなければならない国の姫を婚約者としている者が、なぜこの年齢になって何も知らないのか。


「ふッ・・・ククク、っ・・・・」


「なっ、笑うな・・・っ!」


「すみません・・・・でも、とまらなくて・・・・ッ」



余計な考え事が吹き飛んだのは、むしろこちらのほうだったかもしれない。
声を出して笑うだなんて、一体何年ぶりだろう。
可笑しいからではなく、愛しくてこみ上げてくる笑みをはじめて知った。



「ルーク、さっきのは貴方が考えているものとは違いますよ」



自分ばかりが得をしている、確かにそうだ。




「私が教えてあげますから、もう泣かないでください」


「ジェイド・・・・?」




「貴方が好きです、ルーク」




そのことに、たった今気づいた。
なぜ自分に似合わないものばかり欲しがるのだろう、いつだって無い物ねだりだ。


だからこそ、ほしくなる。