沈み込んでいく、深く、深く。
深淵へと、思考は埋もれていく。
きえて、しまう。
Reverse―End...More
誰一人として、その夜はルークとまっすぐ視線を合わせることができなかった。
泣きそうな表情で、全然大丈夫じゃないくせに、うわごとのように『大丈夫だから』と繰り返すルークを私たちは一人残した。
掻き消えそうな意思を保って、したくはないだろう決断を迫られたルークは結果として死を選んだ。
犠牲の上に成り立つ世界のために、ルークはそれを選んだ。
死ぬことを自らの存在意義と認識したルークを、仲間たちも結果的にそれを是とした。
たとえ、心のそこで何を思っても、口に出さなかったとしても、結果的には同じこと。
自分たちは、ルークを見殺しにすることを決めた。
ティアは、ガイは、アニスは、ナタリアは、彼になんと言葉を告げたのか。
世界のための人身御供となるルークに、なんと言っただろう。
すくなくとも、自分のような言葉をかけたりはしなかっただろう。
残酷に、直接的でないにしろ、まさか『死ね』とは言わなかっただろう。
『死んでください、と言ったでしょうね。私が ・ ・ ・
ずるい大人の、ただの言い訳だ。
逃げただけ、そう。
『死ね』と、自分は彼にそういった。
瞬間にピクリと動いたルークの指と肩から、視線が外せなかった。
見たくないのに、視線が外せない。
声だけは、震えずに強がって。
でも、伏せられた目からは今にも涙が零れそうで。
どうあがいても言った言葉は、取り消せない。
それは許されない行為だった。
自分は、思ったことをそのまま口にしてしまったのだから。
情よりも、別のものを選んだ。
そのことに、間違いは無い。
がちゃり、下世話な音を立ててノブを引く。
照明が落とされた部屋は、温度が感じられなかった。
音を立てないようにベッドに近づくと、そこでようやく人の気配がする。
「ルー、ク・・・・」
真っ白なシーツをきつく握って眠っているルークの横顔は、普段よりも幾分か幼い。
頬に濡れた跡があるのは、なんとなく予想がついていた。
それに安堵した自分は、本物の人でなしだろう。
死んでほしいわけではない、見殺しにしたいわけでもない。
ただ、自分の言葉に傷つくルークが見たい。
それを見て『愛されている』と感じたいだけなのだと、知る。
そうして自分の言葉だから、傷ついているのだと思い込む。
結局は皆が皆、自分の欲のために光に満ちた幼い子供を殺すのだ。
光を司るその名の塔へ、光の子供を連れて行く。
罪深きは、いったい誰なのか。
名前を呼んでも起きぬ子へ、いっそ目を覚ましてくれるなと。
今ここで、自分の手にかかって死んではくれまいかと。
さらされた首へと手を伸ばし、触れた。
呼吸に合わせてゆっくりと上下する体はこんなにも暖かい。
頬のなだらかなラインにそっと唇を寄せて、涙を舌で舐めとった。
「死なないで、ください・・・」
私は、生きている貴方を愛していたいんです。
死ねといったこの口で、今度は死ぬなという、自分。
あまりに滑稽な自分の姿は、とても他人に見せられたものではない。
顎をすべる涙の感触は想像するよりもずっと気持ちが悪くて、吐き気がした。
「だめ・・・」
場にそぐわぬほど愛らしい声が、どこからか降ってくる。
服の袖で頬を擦り、あわててそちらへと向き直る。
「絶対、そんなの・・・ゆるしませんですのっ、絶対、絶対・・・!」
「ミュウ・・・」
「どうしてもっと早くそれをご主人様にいってくれなかったんですの!?今になって、こんなの・・・ずるいです!」
今まで聞いたことも無いような悲痛な声で、ミュウは言う。
ベッドの足に身を隠すようにしていたミュウは、まっすぐに私を見ていた。
「ご主人様は、ずっと泣いてました・・・本当は止めてほしかったんです、ジェイドさんに!」
「私は・・・」
「出て行ってください!っ、もうご主人様を傷つけないでっ・・・!」
ドアの閉まる音すら掻き消される、なのに小さすぎる叫び。
力なく、ドアにもたれ掛って目を伏せた。
ああ
傷口が、広がっていく。
直しようも無い、傷が。
消えていく、消えていく。
はじめからそこには何も無かったかのように。
愛なんて、そんなもの。
なかった
そう言えたら、よかったのに。
死ねとはいえても、そういう勇気は、無い。