ただ知っていた。
あの子憎たらしい顔が苦痛にゆがむのを。
あの気丈に、自分勝手なことしか吐き出さない口から小さな悲鳴が漏れるのを。
まだ剣を振るう型もぎこちない、その腕がガタガタと震えて、いっそ哀れなほどだった。
姿も分からない何かが、何かが、自分を侵してくる恐怖に子供は震えていた。
日が落ちてただ闇の広がる夜に、彼はふと思い出したように、泣いた。
どこか遠くで、虫のなく声が聞こえた。
風に揺れる木々のざわめきも。
けれどそれ以上に耳について離れない嗚咽が、すぐ隣にある。
もう今日で何日目になるだろう。
言葉になりきれない何かが、あふれ出していた。
自分はそれを聞いても、聞かなかったふりをするぐらいしかすることがない。
安っぽい木製のベッドの上、身じろぎもせずに目を閉じている。
隣から聞こえる音を、拾って、音が消えたころに自分も眠りにつく。
涙にぬれた声。
意味もない言葉。
シーツに顔を押し付けて、できもしないのにそれを消そうとする。
何もかも、もうすでに無駄なことだと教えてやろうか。
弱い自分を見せまいと、必死になっている姿が滑稽だとすら思えた。
箱庭の中で大事に大事に育てられてきた、生まれたての子供のように真っ白。
同じ人間だと分かっていても、やはり初めて目にする生き物のような存在だった。
人を殺すということがどういうことか、彼は初めて知った。
いつも手に握る刃で心臓を一突きするだけで、人間なんてあっけなく死んでしまうものなのに。
彼はそんなことすら知らなかったのだろうか。
モンスターを殺すよりもずっとずっと簡単なことなのに。
人とそうでないものと、どれほどの差があるだろう。
小さいようで大きいような、大きいようで小さいようなその差はきっと誰にも理解できない。
それに答えなんてない。
子供は泣き疲れると寝てしまうものだと、昔誰かが言っていた。
生まれてこの方泣いたことなど一度もないので、その行為が疲れるということが自分にはよく分からない。
けれど彼を見ていると、それも本当なのだろうと思えてくる。
唐突に音が静かになると、彼はもうすでに深い眠りにおちている。
死んだように眠る、というのはきっとこういうことだ。
「馬鹿な子供だ」
とても愚かで、醜い。
自分を守るための殻が何もない、無防備な状態。
子供はいつも、そういうものなのだ。
涙の浮かぶ寝顔を見下ろして、自分はいったいどういう表情をしているのだろう。
眠気は、ない。
けれど夢遊病患者のようにフラフラと、無意識にいつもこうしている。
目じりにたまった涙を指でぬぐって、夕日色の髪を撫ぜてやる。
「早く忘れてしまいなさい、こんなこと」
忘れてしまえばいい。
噴出す血の色も、剣から伝わる感触も、動かなくなってしまった体も。
残酷な提案を、毎夜ささやく。
きっと、それは不可能なことだと分かっている。
「早く忘れて、私を寝かせてくださいよ。お願いですから」
カタカタとゆれる窓の音よりも小さく、吐き出した言葉は届かない。
いっそ憎いほど、夜毎嗚咽が耳につく。
夜泣きをする子供の世話なんて冗談じゃない。
だから、早く忘れろと。
罪でしかない言葉を、吐き出した。