夕闇に浮かんだ桃色の月


戦の後の夜は、世界が死んでしまったように静かだ。
季節の虫の音も、姿も、とんと見当たらない。
生濡れた血が草をぬらすにおいは、乾いても変わらずにむせかえる。


「佐助、ここにあるか?」

いまだ、高揚しきったような声。

「ここにいますよ、真田の旦那」


今日が幸村の初陣だった。
まだ幼さも残る顔立ちや体つきからは想像もつかぬほど、その戦跡たるや凄まじい。
少しでも恐れがあるかと思いきや、振るう槍には寸分の迷いすら浮かばない。
ようやく主の役に立てるのだと息巻いている少年は、もはや立派な武人であった。


「佐助、佐助、某はお館様のお役にたてただろうか、あの方に恥じぬ戦いをできていただろうか」


戦いに恐れなど何もないくせに、こんなところばかりまっすぐで子供だ。
目が不安そうに揺れているのを見て取って、佐助は小さくため息を吐き出した。
闇から身を乗り出して、わずかな月の光の下に身をさらす。
手を伸ばせば自分よりも早く掴まれて、こもった力に腕ではなく頭が痛くなった。
風に流れる雲が月を隠している、闇の間だけ幼い頃あやしてやっていたように抱きしめる。
不安なわけではない、怖いわけでもない、そんな不明瞭で、けれど名前のある感情ではない。
今幸村の仲にあるのは、感情による思考ではなく半ば本能による思考だ。
皮膚の下を通る血が叫んでいる、血に高揚して反応しているのだ。
行き場がなさすぎて、率直すぎる言葉は自分以外に吐き出しようもないのだろう。


「あんたはよくやったよ、お館様もほめてただろ。聞いてなかったのか?」


背中に回された腕に体温を感じ、なんとはなしにこういう風に触れられるのは今夜が最後なのだと思った。
この時代に、子供が子供でいられる時間は本当に短い。
自分がそうであったように、幸村も同じ道をたどる。
もう、いつまでも世話を焼かせてくれる子供ではいてくれないのかもしれない。
最後、最後だからと、あやすのではなく、背をなぜた。


闇夜に浮かんだ白い月は血をすって、鮮やかな桃色に映る。
一度染まればもうおちることはない。
たとえどんなに後悔しようとも、もう遅いのだと知る。
この月の色は、生涯己につきまとうのだから。