空が紫色に染まっている


 赤や橙よりも夜に近い、本当にわずかな時間しか見られないこの空が好きだ。
数分もないうちに闇に堕ちていく、儚すぎる逢魔が時。
妖が出てもなんら不思議のないくらい、その色の奥には闇がとぐろを巻いている。


「同じ空なのに、どうにも甲斐とは違いすぎるようでござるなぁ」

「Hoom、意外と情緒深いのか?俺には同じように見えるがな」


小さな虫の音と風が草を揺らす音以外はなにもない、静かなものだった。
時折独り言に混ざってくる声の主は愛用の煙管の手入れに余念がない。
目すら向けずにそう言うが、それが自然すぎて何の違和感もない。


「いや、紅芋のようでうまそうだなと」

「Ha!お前らしいな」


情緒だ何だというのはどうにも欠落というかお子様レベルだといわれることが多い。
だから別に笑われるのもかまわないが、年がいくつも離れていないこの男にそういう風にされるのは少しむっとする。
(だからこれが子供のようだと、たぶんそういうことなのだろう。それでもわざわざ自分を変える気にもならない。ただほんの少し、やはり学習したのでムキになって言い返すのはやめた)
振舞われた茶をすすって、縁側に投げ出した足をぶらぶらとばたつかせる。
甲斐からわざわざ来たが、本当に何もすることがない。
奥州が敵でなくなったときから、幾度か今日と同じように尋ねてきていたが今までは何か大小なりとも用事があったはずだ。


「独眼竜殿」

「何だ」

「某はなぜここにいるのだろう?」


自分が勝手にここまで来ておいてなんだが、特に用もない他国の武将を迎え入れる主も主だ。
今は休戦中とはいえ、戦乱の世はいまだ続いている。


「お前がここにいたいからだ、違うのか」

それで、いいのだろうか。
表情に出たのか、彼は小さく笑う。
こちらに聞こえないくらい小さな声で、彼は何か言ったようだった。
それは明確でないにしろ、知った言葉ではない。


「独眼竜殿、何か?」

「Easier said than done. 」
(口に出すのはたやすく、実行するほうが難しい)


異国の言葉だ。


「Love you」

「・・・某には分かりませぬ」

「いいんだよ、嘘だから」


空がこの色に染まるたび、意味も分からぬその言葉を思い出す。
奥州とは違う、甲斐の空でも。

嘘だといって、なのに何度も重ねるのは、なぜか。
まだこんな風にお互いが共に時間をすごすなど、考えもしなかったあの頃から彼はちっとも変わらない。